歩きながらスマートフォンを操作する「歩きスマホ」。駅や街中で見かける機会も多く、「危ない」「周囲の迷惑になる」と感じる人も少なくありません。
では、歩きスマホは法律上禁止されているのでしょうか。自転車の「ながらスマホ」には罰則がありますが、歩行者の場合も同じように処罰されるのか、気になるところです。
また、歩きスマホをしている人が、いわゆる「ぶつかりおじさん」などに故意にぶつかられた場合、歩きスマホをしていた側にも責任があるのでしょうか。
歩きスマホは、単なるマナーの問題にとどまりません。周囲の状況を十分に確認できないことで、自分が事故に遭うだけでなく、他人にケガをさせたり、物を壊したりして、損害賠償などの法的責任を負う可能性もあります。
本記事では、令和8年(2026年)8月時点の法規制を踏まえ、以下について法律的観点から解説します。
・事故を起こした場合の法的責任
・歩きスマホを狙う「ぶつかりおじさん」問題
・事故やトラブルを避けるための実践的な対処法
歩きスマホは違法?

社会問題化する「歩きスマホ」
歩きスマホが原因の事故が相次いでいます。実際の事故概要を、令和3年から7年までの東京消防庁管内のデータを中心に紹介します。
「歩きながら」及び「自転車に乗りながら」スマホ等の事故による救急搬送は171人、このうち20歳代が31人、50歳代が30人と多く、10歳代(14人)、70歳代(20人)も搬送されています。

参考:東京消防庁
事故種別では最も多いのが「ころぶ」、次いで「落ちる」、「ぶつかる」という順、さらに症状別では約8割が軽傷であったものの、5人(2.9%)が重症となっています。

参考:東京消防庁
発生場所では道路・交通施設が7割を占めており、歩道や駅のホーム・階段等で多発しているのがわかります。
このデータでは「自転車に乗りながら」も合わせて集計されているため、「歩きながら」のみの数値は不明ですが、歩きスマホが原因と考えられる駅の階段の踏み外しやホームから軌道敷への落下等、重大事故に繋がりかねない事案が多く報告されています。
また平成30年には、スマホに気を取られた女性が踏切の中に立ち入っていることに気付かず電車に接触して死亡したという痛ましい事故も報道されました。
歩きスマホは規制されているが、罰則なし(令和8年8月時点)
多くの人が危険と感じている歩きスマホですが、自転車運転の「ながらスマホ」のように一律に規制する法律(道交法)はなく、各自治体の判断で規制がなされています。
〇禁止
代表例は神奈川大和市の条例(令和2年7月施行)です。
市内の道路、駅前広場、公園等の公共の場所で、スマホ等の画面を注視しながら歩行することを禁止しています。
それ以外にも、東京都足立区・荒川区・葛飾区、愛知県江南市、大阪府池田市の条例でも禁止されています。
〇対策・啓発の推進
行為の一律禁止ではなく、「事故防止のための対策推進」や「歩行者の安全責務」としてマナー向上を促すのが、東京都墨田区、京都府、愛知県豊明市です。
〇罰則なし
禁止・推進いずれにしても、歩きスマホには罰則はありません。個人の移動の自由に対する過度な規制を避けるため、また、自転車と比べると他者への危険性が軽微であり強制的な取締まりになじまないという事情が背景にあります。
歩きスマホの心理
死亡事故にも繋がりかねない歩きスマホですが、危険と知りつつやめられないのは何故でしょう?その背景にはいくつかの心理が関係しています。
〇歩きスマホの心理
まず、人は自分にとって都合の悪い情報を無意識に軽く見てしまうことがあります。「今まで事故に遭ってない」「少しなら問題なし」と考え、危険を過小評価してしまうのです(正常性バイアス)。
また、「歩きスマホしている人はたくさんいる」と、他人の行動を基準にして自分の判断を正当化することも一因です。
さらに、「通知が来ているかもしれない」「大事な連絡を見逃したくない」という気持ちから、少しのつもりがそのままスマホに意識を奪われてしまい、「自分は大丈夫」という思考のループにはまります。
◯ネットフリックス、無料ゲーム
最近では、通学・通勤で、無料課金ゲームやネットフリックスの動画に没頭することが当たり前になってきています。これらのものは、途中で乗換駅や目的の駅に着いてしまうと、中途半端なところで終了することになってしまうことから、つい、ちょうど良いところまで歩きながら続けてしまっていることが考えられます。
〇過失責任
このように、歩きスマホは「危険性を知らずにする」のではなく、「危険と知りながら、自分だけは大丈夫」と考えてしまう点に特徴があります。
しかし、事故が発生した場合、本人が危険を軽く考えていたことは責任を逃れる理由にはなりません。むしろ「分かっていたのに注意を怠った」という事情が、過失として評価されます。罰則がないからといって責任がなくなるわけではないのです。
歩きスマホのリスク

歩きスマホが原因で他者に危害を与えた場合、法的責任を負います。
過失責任・損害賠償
〇刑事責任
歩きスマホの場合、わざと相手にぶつかるという故意行為ではなく、前方不注意といった過失が原因です。過失により相手にケガをさせた場合は過失致傷罪(刑法209条1項)が問われます。
なお、モノを壊した場合の器物損壊罪は成立しません(過失犯なし)。
〇民事責任
一方、民事責任は過失行為についても成立します。人身・物損ともに、被害に対する損害賠償及び慰謝料請求の対象となります。
実際の判例を紹介します。
【福岡地判平成26年1月15日】
歩道上で携帯電話を操作しながら歩く歩行者に、自転車が左折して衝突した事故です。裁判所は以下を理由に、歩行者10%(約11万円):自転車90%(約109万円)と判断しました。
- 歩行者にも「周囲の安全確認義務」がある
- 携帯電話操作で前方不注意だった
- 自転車側の無理な左折が主要原因だが、歩行者にも一定の注意義務違反がある
【考察】
被害者に過失があると、受け取れる慰謝料や賠償金が減額されます(持ち出しはないが実質上支払ったことになる)。
また、示談交渉の場では「歩きスマホをしていた」と突かれ、不利な条件で話が進むことも少なくありません。歩行者が持つ交通弱者としての保護が弱くなってしまうのです。
これについては、歩きスマホで相手を転落させて死亡事故等ということになると、数千万円から数億円の賠償責任が発生することもあります。もちろん通常は保険等も対応するような事案ではないことから、一生を台無しにする恐れもあり、注意する必要があります。
犯罪のターゲット
歩きスマホのリスクは、事故を起こすことだけではありません。周囲への注意が散漫な状態は、犯罪者から見て「狙いやすい人」になっています。
・ひったくり・置き引き・痴漢
スマホに気を取られて周囲への警戒が薄くなり、背後から近づく人物や持ち物の異変に気づきにくくなります。
・盗撮
足元にカメラを差し込まれたり、背後から盗撮されたりしていることに気付かず、後から警察の捜査等で発覚するケースが非常に多いです
・当たり屋
歩きスマホをしている人の進路にわざと入り込み、追突させて「ケガをした」「持ち物が壊れた」等と金銭を要求する「当たり屋」も報告されています。
歩きスマホはぶつかりおじさんに狙われる?

周囲に避けさせる歩きスマホ、イラっとしたことがある人も多いでしょう。しかし、だからと言って故意にぶつかる行為は犯罪です。
故意にぶつかる行為
スキだらけの歩きスマホは「ぶつかりおじさん」にとって格好のターゲットです。 最近では、スマホめがけてわざと手を振り落とす「チョップおじさん」も出現しているのでより注意が必要です。
人にぶつかったり、その持ち物めがけて有形力を加えたりする行為は暴行罪(刑法208条)、その結果、相手が転ぶ等してケガした場合は傷害罪(同204条)、落としたスマホが壊れれば器物損壊罪(同261条)が成立します。
これ以外に、軽犯罪法違反や迷惑防止条例違反にも該当し、民法上の不法行為責任も問われます。
ぶつかりおじさんの心理
多くの人が歩きスマホは迷惑だと感じています。そこで「誰かが注意しなければ」というのがぶつかりおじさんの表向きの理屈です。それが私的制裁につながるのです。「相手が悪い」と思えば制裁(実力行使)へのハードルも下がります。
〇認知のゆがみ
しかし、本当に「歩きスマホをやめさせたい」「社会のマナーを正したい」のなら、相手に注意すればいいわけです。 それなのに、わざわざ反撃してこなさそうな人、周囲への注意が散漫な人、避けにくそうな人を選んでぶつかるのは、「世直し」というより、単に「狙いやすい相手を選んでいる」ともいえます。
つまり、「正義のため」と言いながら相手を選んでいるところに、ぶつかりおじさんの行動の矛盾があるわけですね。
故意の「わざと」は、過失の「ぼんやり」より重く評価される
歩きスマホにわざとぶつかって人身や物損事故が発生した場合、賠償額における双方の過失相殺についてどのように考えるべきでしょうか。
〇判例の立場
過失相殺とは、損害の発生や拡大について被害者にも過失がある場合に、その過失を賠償額に反映させ、当事者間の公平を図る制度です。したがって、元来、故意の不法行為にはなじみません。(東京高判平成30年5月23日)。被害者の過失の度合いや損害の程度にもよりますが、裁判所は故意による不法行為についての過失相殺は限定的としているのです。
〇過失相殺は限定的
上述の福岡地裁判決では、歩きスマホ(過失)対 自転車運転(過失)では歩きスマホ側に1割の過失割合が認められました。ともに過失であり、相互調整するのが公平というのが理由でした。
これに対して、歩きスマホ(過失)対 ぶつかり行為(故意)では、相互調整することはかえって不公平であり、「歩きスマホも悪い」とはなりません。類似の判例は見当たりませんが、故意に危害を加えた者(ぶつかり側)の責任が中心になると思われます(ぶつかり側10割)。
ぶつかりおじさんの考える正義は認められないのが現状です。
今日からできる実践的な対処法

歩きスマホをしない仕組みやぶつかりおじさん対策を最後に紹介します。
歩きスマホを避けるための習慣
立ち止まって操作する習慣を徹底することが重要です。通知は必要最低限に絞り、地図やメッセージ確認は必ず安全な場所で行います。また、通知音をオフにする、スマホをカバンの奥にしまって取り出しにくい状態にするといった物理的な工夫も有効です。
人混みで狙われない歩き方
スキがある人は犯罪等の標的にされやすいため、背筋を伸ばして視線をまっすぐ前へ向け、堂々と大股で歩きます。人の流れが乱れている場所では半歩進路をずらすことで、衝突リスクを減らすことができます。
ぶつかりおじさん対策
故意にぶつかられたと感じても、その場で相手を追いかけたり、言い争ったりするのは避けましょう。ケガをした場合は受診し、日時や場所、相手の特徴を記録しておきます。駅構内なら駅員や警察に相談し、防犯カメラの映像等の確認を依頼することも考えられます。
何より、相手の挑発に乗らず安全な場所へ移動することが大切です。
まとめ
歩きスマホは、現時点では全国一律に罰則が設けられているわけではありません。ただし、自治体によっては条例で禁止されている場合があり、法律上まったく問題のない行為というわけではありません。
また、歩きスマホによって他人にケガをさせたり、物を壊したりすれば、過失による損害賠償責任や、場合によっては刑事責任を問われる可能性があります。反対に、歩きスマホをしている人に故意にぶつかる「ぶつかりおじさん」などの行為も、正当化されるものではありません。
「少しくらいなら大丈夫」と考えず、スマートフォンを操作するときは立ち止まり、安全を確認できる場所で使用することが大切です。
歩きスマホをしないことは、自分自身を事故や犯罪から守るだけでなく、周囲の人とのトラブルを防ぐことにもつながります。スマートフォンは便利な一方、使い方によっては思わぬ事故や法的トラブルを招く可能性があることを覚えておきましょう。



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