世の中で思われているより「当たり屋」は多いのです。軽微な交通事故に遭うと「ラッキー」と思って、過大に通院して慰謝料を多くもらおうという輩も多くいるようです。
もっとも、交通事故の際、相手が本当に「当たり屋」かどうか確証がないまま決めつけてしまうと、思わぬ事態を招くことがあります。不用意な発言は名誉毀損や慰謝料の増額事由となる可能性も。
本記事では
・当たり屋とは
・当たり屋の手口
・示談金として示される額
・当たり屋の罪責
について紹介します。また、
・トラブルを長引かせないための対策
についても解説します。
当たり屋とは
当たり屋とは、通行中の車両等にわざとぶつかり、あたかも事故に遭ったように装って、「ケガをした」「物品が壊れた」等と因縁を付けたり、「警察に届けると事件扱いになる」等と言って示談を迫り、治療費や賠償金等を要求する者(行為)を言います。
最近の動向
従来は対自動車のパターンが主流でしたが、最近では自転車や歩行者をターゲットにした当たり屋が出現しています。また、要求内容が示談金ではなく、保険会社からの保険金というケースも増えています。 一部の界隈では、交通事故に遭うと、保険会社から大金がもらえると噂が蔓延しているようです。非常に危険な行為なのに信じられません…
保険会社では、当たり屋だと疑って、ベテランの者や弁護士が担当に就く事件を「モラル事案」と呼んでいます。
当たり屋の目的
自動車等に接触する行為は危険であるにもかかわらず、なぜそのような行動をとるのでしょうか。
まず、事故現場における示談金請求は「小遣い稼ぎ」のためです。ドライバーの「事故を起こしたかもしれない」という焦燥感につけ込んで、手っ取り早く始末をつけるという体を装います。
これに対して保険金目的ではより多くの利益を狙います。
保険会社の交渉担当者をクリアできれば、通院慰謝料等保険金を確実に受け取ることができ、さらに就業中であれば休業補償もゲットできるのです。
ちなみに、保険会社が提供する示談代行サービスでは加害者側保険会社の担当者が被害者との交渉にあたります。これは弁護士以外の者が報酬を得て他人の法律事務を行うことができないとする非弁活動の禁止(弁護士法第72条)の例外です。大量かつ機械的な処理という保険業務の特殊性に、当たり屋にとっての好機があるのかもしれません。
当たり屋の手口
次に手口を確認しましょう。
接触型
接触すると言っても、本気で命を懸けるようなことはせず、ダメージを最小限に抑えるための様々な工夫をします。
典型的なのは、低速で走る車に近寄って接触事故を装うパターンです。とくに駐車場などでバック発進する車や狭い路地を通行する車に、「足を踏まれた」「ドアミラーで所持品が壊れた」等、ドライバーの死角を突いてもっともらしい被害を訴えます。
また、車同士の事故もあります。
いつもわざと車に対して大胆な動きをとる潜在的当たり屋もいるようです。
ノロノロ運転をして後続車が車間距離を詰めてきたところで、急ブレーキをかけて接触させるケースです。車の修理代金はもちろんのこと、ラゲージルームに入っている物品(元々破損している)の弁償も請求してくることもあります。
しかし、現在ではドライブレコーダー(360度タイプのものもある)が普及しているため、従来の接触型では事実関係が容易に確認でき、当たり屋にとってはやや分が悪いものになっています。
近時の非接触型
そこで最近増えているのが、自転車や歩行者をターゲットにするケースです。
スマホを見ながら、電話をかけながら、等の「ながら」運転の自転車や歩行者にわざとぶつかる以外にも、出会い頭で驚いて転倒した、落とした物品が壊れた等の被害を訴える非接触型が増えています。
とくに自転車事故の場合は警察を呼ぶ必要がないと誤解して、すぐに示談に応じる相手が多いという点も一因と思われます。
示談金として示される額
事故現場で示される金額は、車の修理や所持品の弁償、打撲傷の治療、見舞い金等の名目に、数万円程度が示されることが多いようです。ただし複数犯が絡むような場合には高額請求も見られます。
実例を紹介しましょう。
【盛岡地判令和5年9月27日】
丁字路交差点を左折進行しようとしている自動車の運転手が右方の安全確認に気を取られているのを見た歩行者Aが、同車前部に体をわざとぶつけて路上に転倒、すぐに起き上がって運転手に示談金の支払を要求したという事案です。
請求した額は「最低2万円くらい」、「ぶつけといてタダってことじゃないでしょ」と申し向けています。実際には運転手が実父に相談したことで支払には応じませんでしたが、裁判でAは詐欺未遂罪として懲役1年の実刑が言い渡されています。
【2025年2月25日報道】
静岡県菊川市内スーパーの駐車場において後退してくる車に故意に接触して、あらかじめ破損したスマホを示し77歳の女性から現金約18万円を騙し取った容疑で52歳の男が逮捕されました。
男は壊れたスマホの買い替えを理由に代金を要求しましたが、男の自宅からは画面が大きく破損するなどした6台の携帯電話が押収されています。
【2024年2月27日報道】
京都府宇治市内の駐車場内において走行中の乗用車に知人を体当たりさせて交通事故を装い、翌日、示談金を名目に200万円を支払わせた28歳の男が逮捕されています。
当たり屋の罪責
当たり屋の責任を見てみましょう。
刑事責任
〇詐欺罪(刑法246条)
詐欺罪とは、人を欺いて財物を交付させたり利益を得たりする犯罪です。
実際には車に接触していないのにケガの治療費や物品の修理費等を請求する行為は詐欺罪にあたります。また、実際に接触した場合でも、無傷又は治療不要の軽傷なのに病院に行くと言って治療費を要求する行為も詐欺罪です。
さらに、被害を装って保険金会社に通院費用や通院交通費、慰謝料などを請求する行為も詐欺罪にあたります。
なお、詐欺罪は未遂も処罰の対象です。すなわち相手や保険会社に請求した時点で詐欺罪の着手ありと判断され、実際に支払われなくても未遂犯として処罰されます(250条)
【法定刑】10年以下の懲役
〇恐喝罪(刑249条)
恐喝罪とは、人に暴行や強迫を行うなどして相手を怖がらせ、財物を交付させたり利益を得たりする犯罪です。
事故現場で「警察に逮捕される」と相手を不安にさせて治療費を出させたり、交渉時に「暴力団の知り合いがいる」と脅して高額の慰謝料を請求したりする行為が恐喝罪にあたります。
そして詐欺罪同様、相手が支払わなくても恐喝未遂罪が成立します。
【法定刑】10年以下の懲役
〇加重処罰
当たり屋グループや暴力団のような組織の活動として当たり屋行為を行った場合は、組織犯罪処罰法(3条1項13号14号)が適用されるおそれがあります。
【法定刑】1年以上の20年以下の有期懲役
過失割合(民事責任)
故意にぶつかってくる当たり屋行為は「もらい事故」に匹敵するものであり、原則として加害者の過失割合は0です。したがって賠償金を払う必要はありません。
轢き殺してしまったら
当たり屋の目的はお金ですから、通常は死亡に至ることはありません。
しかし、万が一、死亡という重大な結果が発生した場合は、当たり屋かどうかとはさておき、事故原因の究明が先決です。
たとえば前方不注意や急発進等、運転者にも落ち度がある場合は過失を否定することはできず、対する相手の寄与度と比較して双方の過失割合が判断されます。
その上で、事故当事者についても厳重な調査が行われ、過去に死亡者が当たり屋行為を繰り返していたという事実が判明すれば、運転者の過失割合を軽減する方向へ、刑事事件においては不起訴となる可能性が高いと思われます。
当たり屋被害で泣き寝入りしないために
様々な当たり屋が出現する現在、どのようにして自衛すればよいでしょうか。
まずは警察に通報
「車両」による事故は、人身でも物損でも、事故当事者は警察に報告する義務があります(道路交通法72条1項)。この「車両」には自転車も含まれます。自転車事故の場合は必要がないと思われがちですが、報告せずに立ち去れば違法であり、3月以下の懲役又は5万円以下の罰金に処されます(同法109条1項17号)。
また、警察に報告しないと交通事故証明書が発行されず、これがなければ保険会社が賠償金の支払いを拒否する可能性があります。
そして、警察を呼ばれて困るのは当たり屋の方です。法律上の義務であると同時に、詐欺被害に遭わないためにも必ず警察へ通報しましょう。
事故現場での示談には絶対に応じない
当たり屋の常套句として「警察を呼ぶと減点される」「めんどう」と相手の不安を煽ったり共感を求めたりして、早急に示談金を支払うよう仕向けてきます。
しかし、事故原因や損害内容の調査なくして示談金額を明らかにすることはできません。むしろ早い段階で示談の提案をしてきたことに警戒すべきであり、決してその場で示談金を渡してはいけません。
そして警察へは、示談を持ち出されたことも含めて報告するとよいでしょう。
証拠集め
事故直後の現場の様子や相手が接触したと主張する箇所、自分の被害状況などを撮影して記録します。目撃者がいればその証言も収録するとよいでしょう。そして可能であれば、相手との会話を録音しておくことをお勧めします。
これらの記録は、相手が当たり屋だと証明するための重要な証拠になる可能性があります。
自らの言動にも注意を
ここまでは相手が当たり屋であることを前提に解説してきましたが、実際には当たり屋であるかどうかは一目で判断できるものではなく、警察や保険会社の調査を経て明らかになるケースが大半だと思います。
突然の出来事にパニックになったという事情を考慮しても、相手を「当たり屋」呼ばわりすることはトラブルをさらに深刻なものにしてしまうかもしれませんね。
事実、判例では相手に「当たり屋」と言ったり、当たり屋であるかのような侮辱的態度をとったりしたことが、慰謝料増額事由として考慮されています(名古屋地判令和3年7月21日 「当たり屋」と繰り返し言ったこと等を理由に20万円の増額)。
万が一、不審な点がある場合でも、弁護士等から適宜アドバイスを受けながら事実関係が完全に解明されるまでは慎重な態度を保つことを心掛けてください。
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