スポーツ選手には我々一般人が持つ肖像権よりも財産的価値が付加されたパブリシティ権があります。このような人の姿に関する権利は、SNSで誰もが誰もをアップし続けるこの時代においては、侵害されることが日常茶飯事になってきています。このようなときこそ、どのようなSNSのアップの仕方が違法か、どのようにすれば回避できるかを知っておくのが重要です。

本記事では、以下について解説します。

肖像権とパブリシティ権の内容
権利侵害と判断される基準
関連判例
盗撮や悪質投稿の刑事責任
改訂「試合観戦契約約款」(NPB)

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櫻井弁護士

まず、肖像権とパブリシティ権の内容を確認しましょう。

1 肖像権

肖像権とは、「自己の肖像(容貌・姿態等)をみだりに他人に撮影され、これを公表されない権利」(最判昭和44年12月24日)のことです。権利の主体は「何人も」、つまり、人であれば誰にでも肖像権があり、有名無名を問いません。

意義

顔や姿態等の身体の重要な部分は本人のアイデンティティと深く結びついており、また他者からは本人のパーソナリティを推し量る材料にもなります。顔を交換することができない私たちは、せめて他者へどう見えるかくらいは自分で決めたいと考えるのは当然のことです。

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櫻井弁護士

どう見せたいか、そのためにはどう振舞うか、そしてどう生きるか、を他者に干渉されることなく自分で決める、このように人格に由来する権利として保護されたのが肖像権です。

なお、肖像権は人格権そのものではなく、人格権の中枢にある名誉権などと比較すると、その重要性において一段階重くないものとされています。

保護

肖像権を侵害された被害者は慰謝料(10万円から50万円が相場)や差止を請求することができます。差止請求では「ウェブサイトから削除せよ」といった内容を求めることになります。

2 パブリシティ権

パブリシティ権

内容と意義

パブリシティ権とは、人の氏名や肖像等が他人の関心を引くなどして商品の販売等を促進する力(顧客吸引力)を持つ場合に、その個人がその顧客吸引力を排他的に利用する権利です。

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櫻井弁護士

このような価値を持つのは芸能人やスポーツ選手等の著名人の肖像に限定されるでしょう。したがって著名人は肖像権とパブリシティ権の両方を持つことになります。

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事務員

自分の肖像に関する商業的価値について自らプロデュースし経済的な自己実現を果たす、これが肖像権とは異なるパブリシティ権の意義ですね。

なお、パブリシティ権は人間人格権に根ざすものであり、人間以外の生物や物にはパブリシティ権は認められていません(ギャロップレーサー事件 最判平成16年2月13日)。

特徴

肖像権の経済的側面が膨らんだパブリシティ権は、本来は選手個人が持ちます。しかし実際に交渉したり使用を管理したりするのは、多くの場合、選手から肖像権の独占利用を許された所属団体です。そのため双方の思惑が一致しないことも少なくありません。

自ら交渉にあたらない上に、露出の多さは人気に直結するという現状から、選手はとかく受け身になりがちです。

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櫻井弁護士

そして “1億総カメラマン”が気軽にSNS等で情報発信できる今、パブリシティ権を取り巻く環境は決して楽観視できない状況にあるのです。

3 権利侵害となるのは(受忍限度)

権利侵害となるのは(受忍限度)

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事務員

では、権利侵害を理由に違法と判断され、慰謝料請求や差止の対象となるのはどのようなレベルでしょうか?

肖像権

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櫻井弁護士

権利と言っても社会的な制約には服し、無断利用された場合も直ちに違法とされるわけではありません。

被撮影者が受けた精神的苦痛が「社会通念上受忍すべき限度」を超える場合に初めて違法を評価されます(最判平成17年11月10日)。要するに、「普通は我慢すべきだろう」というラインを超えると違法になるのです。

しかし、何が「普通」なのかは実に様々です。判例では考慮要素として次の事項を示しています。

・被撮影者の社会的地位
・撮影された被撮影者の活動内容
・撮影の場所
・撮影の目的
・撮影の態様
・撮影の必要性 等

 これをもとに、スポーツ観戦中のファンによる撮影・送配信行為について考えてみましょう。

公式戦等に出場しその技能を競うという特殊な地位にあるアスリートが、試合会場という公開の場において、プレイ中の顔や姿態を撮影されることは、ファンに記念撮影などの目的があり、かつ、一般的な撮影方法や送配信行為であれば、受忍限度の範囲内として肖像権侵害とはならないでしょう。

ただし、各スポーツ協会が観戦者の撮影や送配信についてより具体的な規制を行っている場合には違法となることがあるので注意が必要です(後ほど詳しく解説します)。

パブリシティ権

パブリシティ権に関する最高裁判例をまず紹介します。

【ピンク・レディーdeダイエット事件】最判平成24年2月2日
女性週刊誌にピンク・レディーの振り付けを利用したダイエット法を紹介する記事にピンク・レディーの写真を使用したことについて、損害賠償請求がなされた事件です。

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櫻井弁護士

同判決ではパブリシティ権侵害を否定しましたが、違法とされる基準を示しています。

①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用
例:ブロマイド、グラビア写真
②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付す
例:キャラクター商品
③肖像等を商品等の広告として使用する  など

もっぱら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合は違法

次にスポーツ関連の判例を紹介します。

【王貞治記念メダル事件】東京地決昭53年10月2日
ピンク・レディー事件よりも前の判例ですが、片足をあげた野球選手のバッティングフォームの立像と「王貞治」「800号記念」等の文字を表示したメダルを無断で製造販売する行為を、王選手側が氏名権、肖像権侵害を理由に差止を求めた事件です。

上記①の使用にあたるものと考えられます。決定では製造販売の禁止を認めました。

【中田英寿事件】東京地判平12年2月29日
中田選手の半生を描写した書籍を発行・販売する行為について、パブリシティ権侵害、プライバシー権侵害、著作権侵害等が問題となった事案です。書籍には、表紙のほか幼少期のものを含む同選手の肖像写真23点が掲載されていました。

裁判所は「使用の目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察すると、原告(中田氏)の氏名、肖像等の持つ顧客吸引力に着目して専らこれを利用しようとするものであるとは認められない」として、パブリシティ権侵害を否定しています。

4 盗撮や悪質投稿は刑罰の対象

盗撮や悪質投稿は刑罰の対象

有名スポーツ選手であってもその完全な私生活領域を撮影・公開することは、パブリシティ権だけでなく肖像権、プライバシー権を侵害します。たとえ匿名投稿であっても発信者情報開示手続によって個人を特定され、不法行為責任を追及される可能性があります。

刑事責任

さらに悪質な撮影や投稿は犯罪が成立します。

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事務員

近時ではユニフォーム姿の女性アスリートの胸や尻等の性的部位をことさら強調した盗撮動画や静止画が、卑猥な言動とともにSNS上に拡散されるケースが問題となっていますよね。

性的意図をもった盗撮や投稿は以下の刑事責任を問われる可能性があります。

罪名 行為・刑罰
迷惑防止条例違反 例 性的意図で撮影
・6月以下の懲役または50万円以下の罰金(東京都迷惑防止条例8条1項2号)
・常習については、1年以下の懲役または100万円以下の罰金(同条例8条8項)
撮影罪(2023年7月施行) 例 更衣室やトイレなどでの盗撮、赤外線カメラで透過撮影
:3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金(性的姿態撮影等処罰法2条1項)
名誉棄損罪 例 盗撮した写真や動画をSNS等にアップロードする行為
:3年以下の懲役または50万円以下の罰金(刑法230条)

 5 NPBが定める「写真・動画等の撮影及び配信・送信規程」

NPBが定める「写真・動画等の撮影及び配信・送信規程」

各スポーツ協会は選手の権利を守るべく、観戦中の撮影や配信に関するルールを設けています。中には、日本体操協会のように撮影が原則禁止という厳格なもの、事前に撮影許可をもらって腕章等を装着するという変わり種(日本ボート協会)もあります。

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櫻井弁護士

ここでは、2024年9月に改訂された日本野球連盟(NPB)の試合観戦契約約款について紹介しましょう。

約款内容を表にまとめました。

NPBの契約約款

[1]監督、ベンチプレーヤー、客席、球場内の様子、マスコット、チアリーダー
[2]公式練習からヒーローインタビュー終了まで
[3]球審による“プレイ”宣告後から、規定によるボールデッド、または審判員の“タイム”宣告による試合停止まで

撮影は原則OK

試合の前後を通じて撮影自体は許容されています。

ただし、グラウンド等の立入禁止エリアでの撮影や、三脚やパソコン等の使用は認められていません。また、選手や球場関係者、観客らの身体の一部を強調した撮影も禁止です。

配信・投稿は細かに分類

画像の配信投稿はできる場合とできない場合に分けられています。

まず、撮影した写真等を家族や友人と共有することはとくに制限されていません。これに対して、SNSやネット上の掲示板等、不特定多数に向けて発信する場合は制限があります。

試合後であれば、球場の様子等のプレイ以外を撮影した写真及び140秒以内の動画は配信投稿が可能ですが、ホームランのような試合中のプレイは写真・動画ともに配信投稿できません。これに対して、試合中の配信投稿は全面的にNGです。

 以上のように、NPBの観戦契約約款は他のスポーツ協会よりもかなり制限された内容になっています。もちろん、違反、即、違法というわけではありませんが、昨今の“解説系”に見られる広告収入を狙った配信から選手の肖像権やパブリシティ権を守り、そしてプロ野球の価値を守るためのルールと言えます。

デジタル時代におけるファンエンゲージメントと選手の権利保護の調和は難しい問題ですが、ファンの一人一人がルールを守りながら創造的に楽しむ方法を見出していく、そんな心意気が重要ではないでしょうか。
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