2013年にネット選挙運動が解禁されて以来、今や選挙運動の中心はSNSや動画に移っています。より身近なものとなった選挙運動ですが、有権者の一人一人が法の限界と情報の真偽を見極める必要があります。
本記事では、
・選挙運動とは ・公職選挙法で禁止されていること ・ネット上の選挙運動で注意すべきこと ・デマに惑わされないために有権者ができること |
について解説します。
選挙運動とは
まず、選挙運動の内容を確認します。
選挙運動と政治活動
公職選挙法(以下、公選法と言います)上の選挙運動について最高裁は次のように定義しています
「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」
わかりやすく言うと、選挙においてある候補者を当選させるために様々な方法を用いて働きかけることです。
よく似た概念に「政治活動」がありますが、対象となる選挙や候補者が「特定」されているか、また投票を得る「目的」があるかといった点で区別されます。
選挙運動の内容
選挙運動は次のようなものがあります。
・選挙運動用葉書を送る
・新聞広告に掲載
・個人演説会
・ホームページ、ブログ、SNSに、選挙運動メッセージを書き込む
・他人の選挙運動の様子を動画共有サイトに投稿する
・候補者または政党等が、選挙運動メッセージを含む電子メールを送る
選挙運動できる人、できない人
選挙運動は誰でも(外国人も含む)行うことができるのが原則です。
ただし、一部の人については職務や地位、経歴を考慮して公選法や国家公務員法、地方公務員法により禁止されています。
・18歳未満の者
・特定の公務員(選挙管理委員会等の委員や職員、裁判官、警察官等)
・選挙犯罪により選挙権及び被選挙権を有しない者
・一般職の国家公務員や一般職の地方公務員 等
公職選挙法で禁止されていること
選挙運動でやっていいこと・ダメなことについて、公選法には事細かなルールがあります。ここではうっかりやってしまいがちな禁止事項をいくつか紹介しましょう。
買収罪(221条)
・有権者が自ら支持する候補者の演説会に隣人を誘い、お礼に帰りの酒席代を負担した。
買収とは、金銭や物品、接待などを提供することで票を獲得しようとする行為です。上段のように業務報酬としての受渡しも対象となります(兵庫県斎藤知事の事件)。
金銭等は実際に渡さなくても約束するだけで違反となり、また、受け取る側も処罰されます。
【刑罰】
3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金
選挙の自由妨害罪(225条)
・統一地方選の告示日に候補者名が書かれた看板に穴を開けた。
選挙に関し、選挙人、候補者、候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人に対して暴行を加えたり、演説を妨害、文書図画を毀棄したりといった行為は、選挙の自由妨害罪が成立します。
例えば、2022年7月には、選挙ポスターを勝手にはがすという行為があり、問題となりました。明確な攻撃の意思があった場合はもちろん、たとえいたずら半分でも厳しい刑罰が科せられるおそれがあります。
【刑罰】
4年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金
未成年者の選挙運動禁止(137条の2、239条1項1号、252条1項・2項)。
18歳未満の未成年者については選挙期間中の選挙運動は全面的に禁じられており、また他者が選挙運動させることも禁じられています。保護者の同意があっても不可です。
未成年者が選挙犯罪に巻き込まれることへの危惧、そして、学校現場では指導する側の教員等の政治的中立性を確保するという事情が背景にあります。
【刑罰】
1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金
人気投票公表の禁止(138条の3、242条の2)
人気投票はその方法や動機において必ずしも公正とはいえないものが多く、また、その結果が他の有権者の投票行動に反映されるのは好ましくないというのが理由です。
なお、新聞社等が行う世論調査は投票の方法によらずに調査員が面接調査を行っており、ここにいう人気投票には当たらないと解されています。
【刑罰】
2年以下の禁錮又は30万円以下の罰金
ネット上の選挙運動で注意すべきこと
上記以外にも公選法には様々な禁止事項があり、しかも非常に複雑です。その上、時代にマッチしておらず、候補者や有権者に多くの混乱を招いている点が問題視されています。
公選法が現代にミスマッチな理由
1950年に制定された公選法は、時代に合わせて100回以上も改正されてきました。とくに2013年のネット選挙運動の解禁は記憶に新しいところです。しかし、当時主流だったのは電子メールで、現在のようなSNSや動画投稿サイトはまだ一般的ではなく規制対象になりませんでした。
それから10年あまり。SNSや動画が選挙に与える影響はますます大きくなっているのに正面からこれらを規制しておらず、時代の変化に対応できていないのが現状です。
最近、やたらと、選挙直前になると、対立勢力の揚げ足取りなのか、X(旧ツイッター)等で特定の党や候補者に対する批判的な投稿等が目立ちますよね。規制されないのでしょうか。
注意すべきこと
SNS等が規制対象でなくても、選挙運動自体は公選法で事細かに規制されています。その結果、SNS等を用いた選挙運動について、やっていいこと・ダメなことの区別が非常にわかりにくくなっています。違法行為をやっている認識がなくても有罪となるため、発信投稿する際はとくに注意が必要です。
いくつか例を挙げましょう。
〇一般有権者は電子メールで選挙運動することはできない
電子メールを利用して選挙運動ができるのは候補者や政党のみ、有権者は電子メールの利用は認められていません。候補者から送信された電子メールを転送することもNGです。
違反した場合は、2年以下の禁錮または50万円以下の罰金に処されます(142条の4、142条、243条)。
なお、facebookやLINE等のユーザー間でやり取りをするメッセージ機能は電子メールには含まれないため、これらは利用可能です。同じ特定の人にメッセージを伝えるツールなのに、不思議な感じはしますよね。
〇選挙期間をまもる
ネット上であっても選挙運動ができるのは選挙期間中のみです。選挙期間とは選挙の公示・告示日から投票日の前日までです。投票日の朝に「ぜひ、〇〇氏に一票を!」とSNSで呼びかけることはNGです。
違反すれば、1年以下の禁錮または30万円以下の罰金に処されます(129条、239条)。
〇なりすましや詐称はダメ
実在しない人物になりすましてSNSで投稿したり、所属しない団体名を名乗って情報発信したりすることは、氏名等の虚偽表示罪にあたります(235条の5)。
刑罰は2年以下の禁錮又は30万円以下の罰金です。
〇ネット上の資料を印刷頒布してはいけない
候補者から送信された電子メールの文書や図面、選挙運動用のホームページ等を紙に印刷して頒布することは禁止されています。情報弱者の高齢者のためにと、印刷頒布することも許されません。
違反した場合は、2年以下の禁錮または50万円の罰金に処されます(142条、243条)。
〇候補者のウェブサイトの改ざんはしない
候補者のウェブサイトを改ざんする等、不正の方法をもって選挙の自由を妨害した者は、選挙の自由妨害罪により処罰されます(225条2号)。また、不正アクセス罪(不正アクセス行為の禁止等に関する法律3条、11条)にも該当します。
〇デマ投稿はしない
当選させる目的をもって候補者の身分、職業、経歴等に関し虚偽の情報をネット上にアップした者は虚偽事項の公表罪により処されます(235条1項、2年以下の禁錮又は30万円以下の罰金)。
また、当選させない目的をもって候補者に関し虚偽の事項を公にし、又は事実をゆがめて投稿すれば、4年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金です(同条第2項)。
〇誹謗中傷はしない
公然と事実を明らかにして候補者等の名誉を毀損すれば名誉棄損罪(刑法230条1項)、事実を明らかにせずとも、公然と候補者等を侮辱すれば侮辱罪です(刑法231条)。
これらをあらためて見ると、X等を中心に結構違反行為が行われているように感じますね。
プロバイダ責任法改正
プロバイダや掲示板の管理者等は、自己の名誉を侵害されたとする候補者等から申出を受けた場合、一定の手続きを経た上で、その文書図画を削除することがあります。その際のプロバイダが行う投稿者への意見照会期間について特例があり、通常の7日間から2日間に短縮されています。
デマに惑わされないために有権者ができること
興味ある情報に接したとき他者と共有したいと思うこと自然なことです。しかしSNS時代では、この衝動が民主主義を歪めるおそれがあるのです。
アテンションエコノミーの脅威
内容の真偽はともかく、よりセンセーショナルな情報を発信し目立つことで利益を求める活動を、アテンションエコノミーと言います。
昨今は選挙もアテンションエコノミーと無縁ではありません。YouTuber等が候補者と接触することなくネット上に流れる情報を独自に編集して投稿、これを見た視聴者が次々と拡散し、結果的に特定候補者の有利(不利)に働いた事象を見聞きしたことがあるでしょう。
候補者が投稿者に報酬を支払えば公選法違反ですが、報酬を支払うのはGoogle等のプラットフォーマーや投げ銭をする一般視聴者であるため公選法になんら抵触しません。このことが社会問題となっています。
有権者はネットリテラシーを
SNS等を通じて誰もが発信できる現在、ネット上の情報はまさに玉石混交です。
そこで、最後に有権者が選挙情報について注意すべき点をまとめます。
・情報が発信された日を確かめる
・誰かの意見なのか、事実なのか、引用や伝達方式を含めて確かめる
・複数の情報源で確かめる(ファクトチェックの活用も)
・感情が動いた瞬間こそ、立ち止まる
選挙は民主主義の根幹であり、その健全性を守るためには、候補者・有権者それぞれが法的なルールを理解し、冷静な判断力をもって行動することが求められます。 SNS全盛のいまこそ、発信する前に「それは法に照らして適切か」「社会にとって有益か」を一度立ち止まって考える姿勢が問われています。
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