【女性ライバー殺人事件】は、加害者の男が金銭トラブルで勝訴したのに被害者は支払わず逃げ続けた挙句の惨事で、加害者に同情的な意見が寄せられました。判決を得ても自動的に回収されず、相手が財産隠しや処分すれば泣き寝入りする債権者も少なくありません。
本記事では、まず
・勝訴判決だけではお金が返ってこない理由
・判決を無視した場合当たり屋とは
を説明します。そして、
・保全の重要性
・仮差押えの要件、手続き、注意点
について解説します。
勝訴判決だけではお金が返ってこない理由
「貸したお金を返して欲しくて民事裁判を起こし勝訴判決をもらった。」
実はこれだけではお金は返ってきません。判決には振込先は書かれておらず、ましてや裁判所がお金を取り上げて渡してくれることもありません。
判決通りに支払わない相手に対しては、再度裁判所での強制執行手続きを経て債務者の財産を差押える必要があります。
これだと勝訴判決を得た意味は?とも思われますが、法は下記のとおり民事訴訟・民事執行・民事保全の3本の柱によって我々の生活の平穏と権利実現の調和を図っています。
民事訴訟
契約通りにいかなかった、事故に遭った、婚姻関係が破綻した等の紛争が生じた場合、各自が自分の力で解決(自力救済)しようとすると、腕力や経済力が大きい人や嘘をつくのが上手い人が得をしてしまいます。そうならないように法治国家では自力救済を禁止しており、代わりに国家による公平中立な解決手段を用意しています。
それが民事訴訟です。民意訴訟法は裁判官が公平な立場から法律に照らして当事者双方のどちらの言い分が正当かを判断する、その一連の手続きを定めています。
ただし、民事訴訟の判決は権利や法律関係の存否の観念的な宣言に留まります。
「被告は原告に100万円支払え」と判決で宣言しても、被告が自発的に支払わなければ‟絵に描いた餅“に過ぎないわけですね。
これが民事訴訟の限界なんです。ただそこで、判決内容を実現するための手段として用意されたのが民事執行です。
民事執行
判決を得た債権者は債務者を相手に、改めて裁判所や執行官に強制執行を申立てます。裁判所等は民訴判決の内容に従って債務者の財産(債権者が申立時にあるだろうと見込んで選んだもの)について差押えの手続きを執ります。当該財産が無事差押えられて換価できれば、そのお金が債権者に渡される(=食べられる餅)わけです。
民事訴訟と執行申立ての2段階なんですね。同時にまとめてやればいいんじゃないですか?
そう思われる方も多いのですが、他にも債権者がいた場合は彼らが黙っていないでしょう。一括に行えば更なる混乱と遅延を招く上に、判決に誤りがあった場合は個人の権利が著しく害されるため、あえて分けているんですよ。
民事保全
地方裁判所第一審民事事件の平均審理期間は約6~8か月間です。その間、訴えられた債務者は財産を他人名義に変えたり浪費したりすることも可能でしょう。そこで、予め債務者の財産を凍結等させて確保しておくのが民事保全です。
相手の出方を見ながら民事訴訟・執行・保全の3つを操る、これが法治国家における権利実現方法です。
民事裁判の判決を無視した場合
自動的に回収されなくても、判決に従わない債務者には次のような強制力や不利益が発生します。
強制執行される
判決内容に従って履行しない場合、勝訴した側(債権者)は強制執行を申立てることができます。
【強制執行の種類】
金銭執行:金銭支払いを目的とする実現手段 | |
債権執行 | ・給与の差押え:勤務先に通知、給料の一部を差押える ・銀行預金の差押え:口座を凍結、残高から債権を回収 |
不動産執行 | ・強制競売:債務者が有する不動産を強制的に売却し代金から回収 ・強制管理:不動産を賃貸等に付して収益金(賃料等)から回収 |
動産執行 | ・未登録自動車、貴金属、現金等を差押えて換価(売却)する |
非金銭執行:債務者に行為をさせる(させない)ことを目的とする実現手段 | |
物の引渡し・明渡し | ・賃貸借契約終了後の強制退去等 ・契約等の目的となった動産や不動産の返還、引渡し |
作為・不作為の強制執行 |
・作為(例 看板を撤去せよ):債権者側が代わりに作業、費用を請求(代替執行)
・不作為(例 近隣にゴミを捨てるな):制裁金の支払強制(間接強制)が可能 |
遅延損害金が発生する
金銭の支払いを命じられた場合、支払期限以降の遅延利息が加算されます。支払いが遅れれば遅れるほど債務額が増えていきます。
信用情報に傷がつく可能性
金融機関等が信用調査を行った際に裁判の判決や強制執行歴が把握されることがあり、ローンの審査等に影響が出る可能性があります。
判決の無視だけでは犯罪にはならない
このように判決を無視し続けるとどんどん不利になりますが、従わないこと自体は犯罪ではありません。そのため執行手続きまでに間があると「逃げればいい」と安易に考えてしまうのでしょう。
権利の保全こそが重要
一方の債権者も、民訴判決及び差押命令を得たとしてもその時点で債務者に財産がなければ空振りに終わります。ない袖は振れないのです。
そこで、債権者は民訴判決前に存在する債務者の財産を仮に凍結して将来の執行に備える必要があります(民事保全)。
仮差押え
民事保全には金銭債権の執行を保全する「仮差押え」と、金銭債権以外の権利の執行を保全する「仮処分」がありますが、ここでは前者の仮差押えについて解説します。
〇仮差押えの要件
仮差押えするには次の2点が必要です。
【被保全債権の存在】
「債務者に100万円貸している」「慰謝料を払って欲しい」等の金銭債権の存在が必要であり、債権者がその存在を裁判所に疎明しなければなりません。
【保全の必要性】
差押えるべき財産を放置すると債務者が財産を隠したり処分したりして強制執行によっても債権回収が困難となるおそれがあることを、債権者が裁判所に疎明しなければなりません。
疎明とは「一応確からしい」程度に事実を示すことで、証明よりも程度の低いものとされています。
迅速性が要求される場面ですので簡易な方法で済ませることができるのですが、何を被保全債権とするか、どの財産を対象とするのかによって、疎明の手間も当然変わってくるため、判断には専門知識と経験が必要です。
仮差押えの効力
仮差押えには以下の効力が認められます。
〇処分の制限
債務者は仮差押えの対象となった財産を処分(売却、担保権設定、債務弁済等)すること自体は禁じられていません。しかし、その後本訴勝訴判決により当該財産は遡って仮差押時から差押えられていたことになり、債権者は第三者に渡った財産からも回収ができます。
通常このようなリスクある取引は回避されるため、事実上処分が制限されるのです。
〇心理的圧力
仮差押命令によって債権者の本気度が伝わるため、観念して債務者から支払いに応じる可能性もあります。
〇提起後の交渉で有利
本訴と並行しながら債務者と交渉することも可能です。その場合、仮差押えしておけば本訴勝訴判決により当該財産から回収できるため、和解交渉においても強気で臨むことができます。
手続きの流れ
以下の流れに従って手続きは進みます。申立書提出から執行まで約1週間ほどです。
債権者が管轄裁判所に仮差押命令申立書を提出 |
↓
裁判所が申立書の記載と疎明方法の内容をもってその是非を判断 必要に応じて裁判官が債権者と面接 |
↓
法務局に担保金を供託 |
↓
仮差押えの決定と執行 |
仮差押えのポイントは財産調査
そもそも債務者に財産がなければ仮差押えをすることはできず、申立書では対象となる財産を特定する必要があります。そこで手続きに入る前に財産調べが不可欠となりますが、やみくもな調査ではなく、強制執行を見据えて回収の見込みが高い財産に絞ることが重要です。
回収のしやすさから言えば不動産と債権です。動産は現金や転売が容易な物品等があれば別ですが、そうでなければ回収効率の低さから優先順位は下がります。
不動産については登記簿を確認することが第一です。債務者の住所や本支店所在地の登記事項証明書を取得し内容を確認しましょう。当該不動産以外にも共同担保に供されている別の不動産や取引銀行口座がわかるかもしれません。
債権では預金債権がまず考えられますが、取引先の金融機関及び支店が特定できればスムーズにいきます。相手が事業者であれば各種補償金についても調べましょう。
いずれにしても調査には時間がかかります。仮差押えを確実に行うためにも、普段から債務者の動向に留意し、少しでも不安を感じた場合は積極的に情報収集を行いましょう。
仮差押えする際の注意点
仮差押えを行う際は、以下の点に注意が必要です。
担保金が必要
誤った判断による仮差押えは債務者に損害を与えるおそれがあるため、これを担保するべく、債権者に担保金の供託が命じられます。
担保金の額は請求額の10~30%程度です。
相手が破産するおそれ
仮差押えの結果、融資が止まったり取引先が撤退したりする等して経済状態が悪化した債務者が自己破産を選ぶことがありますよね。その場合はどうなるのでしょうか?
破産すると仮差押命令は効力を失い、債権者は債権額に応じて平等に弁済を受けるのが原則です。つまり、全額回収は難しくなります。
専門知識と豊富な経験が必要
仮差押申立書の作成や証拠集め、担保金の判断には専門的な法律知識やスピードも要求されます。
しかし、最も重要なのは民事訴訟・執行・保全の全般を見据えた戦略です。
法律上はこちらに分があっても、相手が財産を隠したり破産したりしては元も子もないのです。当事務所では離婚時に財産隠しが危ぶまれる事案で、被保全債権を財産分与請求権ではなく慰謝料請求権として早急に仮差押命令を獲得した経験があります。
何を守り、何を探るか、どのように実現するか。戦略的な仮差押えは経験豊富な当事務所にお任せ下さい。
まとめ ライバー等とのトラブルを防ぐには?
ライバー等のインターネットを通じて名前を売る人達は、投げ銭等をしたからといって自分のことを気にいってくれるということはごくまれです。
また、それを超えて本件のようにお金を貸してくれるからといって、気にいってもらえるというのも考えにくいです。
むしろ、簡単にお金を渡す人だと認識されると、カモにされてしまう可能性も考えられます。また、ライバーの人が、カモがいると第三者に伝えてしまうことだってないとは言えません。
投げ銭や贈り物は、ファンとして贈るレベルにとどめて行うべきでしょう。
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